『研究者という職業』(林周二)

研究者という職業』を読み返しました*1.著者の林周二氏は,東京大学教養学部静岡県立大学経営情報学部などで教授を務められた経営学者です*2.この書籍は,林氏が参加していた,専門の異なる研究者が集まって輪番で研究を紹介し合う会で,林氏がどんな研究者でも興味を持ってもらえそうな内容と考えて行なった「研究者の研究人生計画について」という発表内容がもとになっているんだとか.たしかに私も専門は全く異なりますが,読んでいていろいろと考えさせられる一冊でした.

 

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最近いろいろと今後のことを考える機会があって,その際に私は生涯現役の研究者としてアウトプットし続けていたいなと改めて思ったのですが,その折にたまたま目に入ったこちらの書籍にまさにそうした内容が書かれていて,とても興味深く読み返しました*3*4

 

林氏いわく,研究職というのは定年はあっても「停年」はなく,本人の心がけ次第では生涯現役として一生楽しんで勤めることができる仕事である,とのこと.

 

生涯現役でいるために留意すべき重要な点として,林氏は「他人のやらない盲点をねらうこと」を挙げています.

流行りの研究テーマはちやほやされやすい分だけ魅力的に見えてしまうかもしれません.ただ,そうして群がっている研究者の中には,自分より優秀な者がいる可能性が高いです.そのため,そのような研究テーマで相対的に秀逸な業績を挙げるのは至難の業となりがちです.ましてや流行りを追いかけるだけというのは最悪で,二番煎じ,三番煎じになってしまって当該分野でまったく注目されない,意義のそれほどない成果しか生み出せないかもしれません.

そこで林氏が提案するのが,他人のやっていなくて,かつ意義のある研究テーマを探し出して,コツコツと成果をあげ続けること.若いうちは体力も時間も*5それなりにあるので,時流を意識して研究テーマをあれこれと変えて取り組むのもいいかもしれませんが,そのフェーズを過ぎた後はむしろ居直って,自分が若い時代に身につけた研究手法や素材を土台にして,若い頃から抱えていた研究の卵を育てて,自分らしい研究を大成させていくのが賢明ではないか,といったことを述べています.

実際に周囲を見渡すと,退官後も現役の研究者として成果を挙げている方々がいるのですが,若い頃に取り組まれていた内容について,新しい観測データや解析手法を用いて再考し,味わい深い論文としてまとめている例がたしかにありそうに思いました.私もまだ若い方かと思うので,将来のために新しいことにも取り組んでコツコツ武器を増やしていきたい.

 

あと,退官までいかなくとも,テニュアなポジションを得た後で研究活動があまり進まなくなってしまうような例が散見されるような気がしますが,それについても林氏は,日本人の研究者はなぜ呼息が短いのか,といったトピックとして触れています.そもそも体力や持続力が乏しいことや,一律的な定年制の仕組み*6などが改善すべき問題として挙げられているようですが,それらに加えて以下のような記述もあって興味深く思いました.

若い修業の時代から研究テーマを自分自身の手で掘り起こし,研究生活を楽しむ体験をもったタイプの研究者たちは,高齢に達してからも概して何がしかの研究業績を出し続けている.これに対し,若い時代にその時代の時流的な研究テーマに飛びつく傾向の人とか,外部から(指導教授など上から)研究テーマを命ぜられ,それを忠実にやることだけに専念した人の場合は,年をとってから研究生活に方向をなくし興味を失い,研究のタネが尽きるなどして,新規の仕事を最早もとんどやらなくなってしまうように思える

これは研究指導をする上で注意するべき点でもあるかなと思いました.研究内容の専門性が高くなっている昨今において,その背景知識が限られている大学院生の(特に最初の)研究テーマは,大学院生が自分自身で探してきたものよりは,指導教員やその研究チームがこれまでに取り組んできたもの,もしくは現在取り組んでいるものになる傾向があるかなと思います.

これは一概に良くないと言えるわけではないと思っています.最初の頃は,まずは研究のひと通りの流れを学ぶ必要がおそらくあって,その意味で実現可能性の高い研究テーマに取り組んで,その研究を論文化して発表するまでの過程を経験することは効率が良さそうに思われます.むしろ最初から我流でやろうとすると,そもそも意義の薄いもしくはfeasibilityの低い研究テーマを選んでしまって*7,なかなか結果につながらない可能性が高そうです.

ただ,博士課程を修了するか,初期のポスドク期間を終える頃までには,自分自身で研究テーマをしっかり掘り起こして*8,研究チームをリードしてその研究成果を論文化することの楽しさを知っておかないと,独り立ちした後どこかで行き詰まってしまうように思われます.このひと通りの流れを繰り返すことが研究活動ですので,そこに喜びを見出だせないのでれば,退官後も研究し続けるような研究者になることはなかなか難しいのかなとも思いました*9

 

他人のやっていなくて,かつ意義のあるユニークな研究テーマを考える上で,指導体制に改善の余地があるのではという指摘もあります.大学院では多くの場合,単一の指導教員による個別指導方式がとられることが多い印象です.ただ,それですと指導教員の型を大きく超えてくれるような研究が生まれにくくなってしまうのではないか,という指摘です.

そこで林氏が提案しているのが,それとは対極的な方法,すなわちさまざまな学風をもつ複数の指導教員による共同指導方式です.ただ,これについては「船頭多くして船山に登る」が想起されて,必ずしも良いことばかりではない気がします.仮に方針がバッティングしてしまうような場合でも大学院生の方でうまく取捨選択して研究を進めていけたら良いのですが,双方に気を遣ってどっちつかずな状況に陥ってしまう恐れがありそうです.

もうひとつ提案しているのが,異分野研究領域間の交流を促す仕組み作りです.自分たちが所属している研究室だけでなくて,別の研究室だったり,場合によっては別の分野に属する研究者だったりとともに研究を発表し合って交流することにより,互いに新しい視点から議論することで,それまで抱えていた問題解決のきっかけを得ることができるかもしれません.ただ,そうした仕組みはいろいろと提案され実行されてきているかと思うのですが,あまりうまくいっている例を知らないのが正直なところのような気がしています.身近だとむしろ歓迎されていないイベントとして認識されてしまっているものがちらほらあるような....私が知らないだけで,有意義なものにそのうち巡り会えるかもですが.

あと,よく言われることかもしれなくて,この書籍でもどこかで触れられていたのですが,研究者という人材の流動性がもっと高まることも研究テーマの多様性に効くかなと思いました.最近ではテニュアなポジションを得た後でも,より良いポジションを求めて異動することがそこそこ起きているような印象がありますが*10,内部で昇進している例もけっこうあるようです.家族の問題などあると異動はなかなか簡単ではないかもですが*11,異動の頻度が上がると人材交流につながって,互いに刺激し合うことがより簡単になるのかもしれません.

 

そんな感じで,今後の研究人生を歩んでいく上で,いろいろと考えさせられる書籍でした.また読み返すことがある気がするので,本棚にしまっておきます.

 

 

*1:たしか博士課程の学生だった頃に購入して読んで,良い書籍だなと思ってずっと本棚に残していました.

*2:1962年に出版された『流通革命』という書籍などが有名みたいです.林氏の名前でGoogle検索すると,追悼記事と思われる以下のweb記事がヒットしました.すぐ下の写真もこちらから転載.
林周二氏が著書「流通革命」で本当に伝えたかったこと - 日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH161OQ0W1A610C2000000/

*3:そういえば生涯現役つながりで,明仁上皇のニュースが出ていたのを思い出しました.現在87歳とのことですが,最近またハゼの研究で2種類の新種のハゼを発見されて論文で報告されたとのこと.驚きとともに憧れのような気持ちを抱きました.
参考:上皇さま、ハゼの新種2種発見 命名も、退位後初の論文―宮内庁時事ドットコム):https://www.jiji.com/jc/article?k=2021062400980
論文リスト:https://www.kunaicho.go.jp/joko/ronbun-list.html

*4:よく思うのですが,新聞サイトのweb記事ってどうしてある程度の時間が経つと消去されてしまうのでしょうか.たいした容量は必要ないと思われるので,むしろ古い記事もすべてweb上に残しておく方が多くの人たちにとって便利かと思うのですが....ずっと残しておくと都合の良くない記事が出てくるというわけではなさそうに思われるし.競合するとしたら図書館くらいしか思いつかないのですが,別に問題なさそうな気が.よくわからない.

*5:若いときには時間がたくさんあることは当然のように思ってて,寝食の時間以外コミットできるのは当たり前のような気がしてましたが,歳を重ねて生活スタイルが変わるとそうでなくなることはいろいろな人がもっと強調して伝えても良いのかなと思っています.若いときの没頭できる時期を大切に,と.もちろん家族ができてもおかまいなしに仕事にコミットし続けられる人もいるかもですが,なかなかそうはいかなくなりますよね.子どもの手が離れたらまた使える時間が増えるのかな.その頃には校務や学会業務などが増えてたりするのでしょうか.

*6:あと,研究以外の業務,たとえば教育や校務・学会活動などのdutyに取り組むことで働いている気になってしまっている,という面もあるでしょうか.そうした教育のうち,これまで一斉講義で伝達されていた部分についてはオンデマンド化である程度改善できるような気がするんですけど,どうなんでしょう.オンデマンド講義に関連しそうな良書があったら読んでみたい.

*7:林氏も本文で「やりたいこと」より「やれること」に専心すべきといったことを記しています.自分の研究について,自分が「やりたいこと」ではなく,投入することのできる時間や資料という限られた資源の範囲で「やれること」を探し,それに取り組むことが必要である,という考え方です.

私もこれにだいたい同意します.「やりたいこと」についても折に触れて考え,常に頭の片隅に留めておくことは,研究分野を俯瞰して本当に重要な点について考えるためにとても重要かと思います.中にはその本当に重要な点だけを見据えて一点突破で研究に取り組む人もいてもいいのかもしれません(フェルマーの最終定理を証明したアンドリュー・ワイルズ氏とか?).ただ,通常はある程度コンスタントに研究成果を挙げることが求められますし,目に見える成果がないまま研究に取り組み続けることは大きな困難が伴うと考えられますので,「やれること」を意識して取り組むという視点もきわめて重要かなと思います.

*8:研究テーマがなかなか見つけられない学生に対して,
「本を読んで,その中から論文の種を拾おうとするから(それも悪くはないが)見付からないのだ.研究者というものは,まず現実の社会観察の中から研究の種を拾いなさい.」
といった助言をしているのも興味深く思いました.天文学研究の場合はなかなか現実の社会観察から研究テーマが出てくるものではないと思いますが,論文や書籍を読むだけで良いテーマが思いつくものではないという意味ではまさにその通りかと思います.むしろそこで読んだ内容を,これまで自分が取り組んで会得した手法だったり,最近読んだ論文や研究会で聞いた講演の内容などと組み合わせることで何かおもしろいことを新たに始められないか,などと考えを巡らせたり同僚と雑談程度に軽く議論したりする中で,良いテーマを探し続けることが必要な気がします.

*9:ただ,研究テーマにもいろいろあって,たとえば大きなプロジェクトの中でアサインされたそれぞれの研究テーマを確実に成果として発表する必要がある,といった場合もあるかなと思われます.そうした場合は,既存の研究テーマを確実に成果としてまとめられる人材が重宝される気がします.ユニークな研究テーマを考え出して成果につなげることのできる人材だけが研究者として残るべきというわけではなくて,いろいろな研究者がいて良いのかなと.

*10:「有能な研究者はクレジット・サイクルに乗ってスカウトを受け,移籍を求められる機会が確実に増えている.もしこれまでにスカウトを受けた経験が一度もないような人は,現在もらっている俸給が能力以上の過剰なものになっていると自覚しなければならない.このことは,すでに福沢諭吉氏も言及している...」といったマッチョな記述もあって,たしかにおっしゃる通りなのだけど...と思ったような.

*11:あと,この書籍でも触れられていますが,異動すると晩年に退職金や年金の面で必ず損をするような設計になっている点も,流動性を下げる一因になってそうです.最近では年俸制になってそもそも退職金のないポストも作られて,そうした問題が解消されているものもあるかもですが.ただ,それってむしろそもそもの雇用条件が劣悪になっている?ちゃんと調べたことないです.