『連星からみた宇宙』(鳴沢真也)

講談社ブルーバックスの『連星からみた宇宙』を読みました.

本屋さんに平積みされているのを見かけて,カバー写真がきれいなのと,なんともマニアックなネタだなと思ったのとで手にとったのですが,ひと通り読んで,連星は宇宙を知る上できわめて重要であると感じさせられました.

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著者の鳴沢真也氏は,兵庫県立大学 西はりま天文台の天文科学専門員で,近接連星系や脈動変光星を観測的に研究されています.宮城県立高校で理科教諭として勤められた後に現在の職に従事されていて,地球外知的生命体探査(SETI*1)にも取り組まれているんだとか*2

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連星(binary star)いうのは,二つの恒星*3がそれらの重心の周りを軌道運動しているような天体のことです.

 

灯りの少ない場所で夜空を見上げるとたくさんの星々を見ることができますが,肉眼ではいずれも一つ一つの点として見えます.そのため宇宙には複数の恒星がすぐ近くでお互いに引き合っているような連星なんてあまりないのではないかと思ってしまいそうです.しかしそれは,連星をなす恒星間の距離に対して,一般に私たちから星々の間のまでの距離がきわめて遠いためであって,実際は宇宙に存在している恒星のおよそ半数は連星であると考えられています. 

 

たとえば, 太陽の次に明るく見える恒星のシリウスも連星として有名です*4.肉眼ではシリウスは1つの恒星に見えますが,解像度の高いハッブル宇宙望遠鏡で見ると下の画像のように分解して見ることができます*5.中央にある明るい星がA型主系列星シリウスAで,左下にかすかに見えるのが白色矮星シリウスBです.

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連星からみた宇宙』は,そうした宇宙にありふれた存在である連星が,天文学を研究する上できわめて重要な役割を担っていることをさまざまな例とともに紹介しているユニークな書籍です.

 

具体的には,

  • 連星の形成過程として考えられているシナリオ
  • 実視連星・食連星・分光連星それぞれの観測手法
  • 連星系の質量や軌道傾斜角といった連星を特徴づける物理量を見積もる方法
  • 新星やIa型超新星といった,連星が引き起こす天体現象
  • ブラックホール連星や中性子星連星が衝突する際に放出される重力波の観測
  • 連星周囲でも発見されている系外惑星に関する最近の研究成果

などといった内容がわかりやすい図とともに説明されていて,いずれもとても興味深く思いました.

他にも,まだ起源が明らかになっていない「高速電波バースト」だったり,ちょっとニッチかもですが「青色はぐれ星」や「共通外層天体」といったトピックも扱われています.この書籍を手にとった際は,連星にフォーカスするとはなんてマニアックな,と思ってしまってましたが,キャッチーなのも含めてこれだけいろいろなトピックにつながるとは*6

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そうしたサイエンスに関するトピックもおもしろかったのですが,特に印象に残ったのはウィリアム・ハーシェル氏の連星に関するエピソードです*7

 

肉眼では一つ一つの点のように見える星々の中に,望遠鏡で見ると二つに分かれて見える二重星があることがわかったのは,1650年のことでした*8

最初に発見された二重星は北斗七星を構成している恒星のひとつであるミザールという2等星でした.その後,二重星は次々と発見されていきます.ですが,そうした二重星が,お互いに重力で引き合っている連星なのか,それとも奥行き方向に離れているけれど天球面上でたまたま近くに見えているだけなのかは不明でした.

 

そんな中,イギリスの天文学者ジョン・ミッチェル氏は,統計的な議論から二重星の多くが天球面上でたまたま近くに見えているというのは考えにくいという主張をしました.

恒星が奥行き方向に離れている場合,恒星同士は互いに物理的な関係はありませんので,恒星の天球面上での分布はランダムに散らばったものになると期待されます.その場合,たとえば2等星は全天で約400個しかありませんので,これらが均一に分布しているとするとそれらの間の平均距離は約10度という角度になります.満月の視直径がだいたい0.5度ですから,けっこう大きな距離ということがわかるかと思います.それだけレアな2等星が天球面上でたまたま近くに見えて二重星として観測される確率を計算したところ,わずか数十万分の一という値が得られました.

これに対して,知られている二重星の数はミッチェル氏が生きた時代ですでに数十個もありました.見つかっている二重星の数の多さと,たまたま二重星として見える確率の低さを合わせて考えると*9,観測されている二重星の多くは天球面上でたまたま近くに分布しているのではなく,お互いに重力で引き合っているのではないか,と推測されたわけです*10

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この考えはもっともらしいように思われますので観測技術が十分に発達したらぜひ検証したい気がするのですが,どういった経緯か,イギリスの天文学者ウィリアム・ハーシェル氏はこの考えに当初反対していたそうです*11

そして実際に彼は,自分自身で望遠鏡を製作するなどして多数の二重星を観測しました.その結果,それらの天球面上での動き方は,地球の公転によって生じる視差だけでは説明することが難しいことを発見しました.この結果は,二重星は天球面上でたまたま近くにあるのではなく,実際にお互いに引き合って運動している連星であることを意味していると考えられます*12.つまり,ハーシェル氏は自らの観測によって,自身が反対していた考えを支持する結果を得たわけです.ハーシェル氏は1803年に出版した論文でこの観測結果を報告し,ミッチェル氏の考えの正しさを認めたそうです*13

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このエピソードに見られるような,実際の観測データや理論計算結果といった客観的な事実をもとに真実を追究していくことは,科学の進展において正常なことのように思われます.ただ,人間というのはときに客観性を失ってしまう恐れがあることに注意する必要があります.特に,最初に何らかの主張をしていたけれどそれに反する結果が出てきたときに,苦しい解釈をしつつも元の主張に固執してしまいたくなる気持ちは,わからなくないかと思います*14

それにもかかわらず,ハーシェル氏は自身の観測結果から得られた結論が当初の主張と異なっていても報告し,ちゃんとミッチェル氏の考えの正しさを認めたというこのエピソードは,科学者としてあるべき姿を教えてくれるもののような気がしました.

 

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鳴沢氏の著作は他にもあるのですが,私のKindleライブラリを眺めていたら鳴沢氏の『へんな星たち』が積ん読のままになっていることに気付きました*15.今度こちらも読んでみようかな*16

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*1:Search for Extra-Terrestrial Intelligence

*2:こちらの画像は次のwebページから転載:「双子星」で解明する宇宙の姿 西はりま天文台の専門員が新著(神戸新聞NEXT)https://www.kobe-np.co.jp/news/seiban/202101/0013997039.shtml

*3:3つ以上の恒星が重心周りを軌道運動している系もあって, n個の恒星からなる場合は n重連星などと呼ばれるそうです.

*4:シリウスは,オリオン座のベテルギウスこいぬ座プロキオンとともに冬の大三角を形成しているあの恒星です.

*5:画像はこちらから転載:The Dog Star, Sirius A, and its tiny companion https://esahubble.org/images/heic0516a/

*6:こちらの画像は高速電波バーストに関するこちらの研究成果のプレスリリースより転載:Repeating Fast Radio Burst adds to mystery about where these signals originate  https://www.uva.nl/en/shared-content/faculteiten/en/faculteit-der-natuurwetenschappen-wiskunde-en-informatica/news/2020/01/fast-radio-burst.html

*7:この書籍の本筋ではないと思われるのですが,そういうこともありますよね.

*8:ガリレオ・ガリレイ氏が望遠鏡で初めて夜空を見たのは1609年.

*9:上の確率計算では2等星しか考慮していないので,2等星より暗い星も合わせた場合の結果も気になるところですが,おそらくそれでも説明がつかないほど二重星の数が多かったのでしょう.

*10:こちらの画像はジョン・ミッチェル氏.次のwebページから転載:https://www.ecured.cu/John_Michell

*11:そもそもハーシェル氏がどういう経緯でどれくらいミッチェル氏の考えに反対していたかは知らないです.実際は当初たいして意見を持ってなかったりして....いつかこの件に関してもっと詳細に記述している他の文献に出会うことを期待.その頃にはここで期待してたこと自体もう覚えてないかもですが.

*12:この発見は,重力の法則が太陽系外でも適用されていることを観測で初めて示したものだそうです.

*13:こちらの画像はウィリアム・ハーシェル氏.Wikipediaより転載.https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB

*14:天動説とか.エーテル説も?もっと良い例を思い出したら加筆したい.

*15:Kindle本だと場所を取らないので,いつか読みたいなって思った本をついついKindleセール時にいろいろ買って散財してしまいがちなのは私だけでしょうか....『へんな星たち』をセール時に買ったかは覚えてないのですが.そしてKindle本だと物理的に積ん読にならないのでしばしば忘れてしまいがちなような.

*16:こちらの画像は次のwebページから転載:兵庫)「へんな星たち」出版 西はりま天文台の鳴沢さん(朝日新聞デジタルhttps://www.asahi.com/articles/ASJ9L6V2WJ9LPIHB01B.html