『5分でたのしむ数学50話』(エアハルト・べーレンツ 著,鈴木直 訳)

ここのところ『5分でたのしむ数学50話』を読んでました.ドイツの一般的な日刊新聞である『ディ・ヴェルト(Die Welt)』で連載された「五分間数学」という数学に関するコラムを集めた書籍です.著者は数学者のエアハルト・べーレンツ(Ehrhard Behrends)氏.

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私はひとり暮らしを始めて以来,新聞を購読していないのでよく知らないのですが,こういった数学ないしは科学に関するコラムが日本の新聞でも連載されたことはあるのでしょうか.もしそれほどないのだとすると,これはドイツのサイエンス・リテラシーの高さがうかがえる事例だったりするのかなと思いました*1

 

それでこの数学コラムなのですが,著者は新聞で連載するにあたって,読者として,学校を卒業してからすでに相当な年月を経ていて,数学についての具体的な記憶があまり多く残っていないけれど,それでも何が書かれているかを見てみたいと思っている方々を念頭に置かれたそうです.

特に意識して伝えようとしたのは

  1. 数学は役に立つ
  2. 数学はおもしろい
  3. 数学なしでは世界は理解できない

という点.科学技術は数学なしには機能しませんし,そうした有用性だけでなく知的好奇心を満たしてくれる面も数学にはあります.さらに,数学は想像を超えた領域にも私たちを連れて行ってくれる架け橋のような役割もあります*2.こうした企画が成立することは,やはりドイツのサイエンス・リテラシーの高さを表しているのか.

 

 

第1話:賞金ゲーム

5分でたのしむ数学50話』の最初のコラムは,整数に関する軽めの話題です.

賞金ゲームと題されたこのコラムでは,まず読者に適当に三桁の数字を思い浮かべてもらうことから始まります.

次にそれを二回書き並べます.たとえば最初に思い浮かべた数字が761ならば,761761と書きます.

そこでその6桁の数字を7で割ってもらいます.その余りの数があなたのラッキーナンバー.7で割った余りなので,0, 1, 2, 3, 4, 5, 6のいずれかの数字になるはずです.

そして,

最初に思い浮かべた数字といま計算した余りの数をはがきに書いて,編集部まで送って下さい.そうすれば折り返し,あなたのラッキーナンバーと同じ枚数の100ユーロ紙幣があなたのもとに送られてきます....

と続きます.

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もし実際に試されたならわかるのですが*3,こうして計算されるラッキーナンバーは必ず0になります.

コラムではそうなる理由を述べて,さらに深い説明へと入っていきます.

 

 

その他のコラム

5分でたのしむ数学50話』ではこうした手軽なトピックだけでなく,数学における有名な定理や未解決問題を紹介したり,著名な数学者のエピソードに触れたりもしています.たとえば*4

などなど*21

https://1.bp.blogspot.com/-7n7WE8TCVdE/XaKa7fiQ2nI/AAAAAAABVkQ/ToHmqnYGysoQBhfx6iwvgullm0JfqW_FQCNcBGAsYHQ/s1600/job_suugakusya_woman.png

 

雑感

意外な発見があったり,かつて教わったことを懐かしく思ったりと,いろいろと楽しめる書籍でした.こういうトピックは色褪せるものではないですし,また気が向いたら読み返してみたいので,手元に置いておこうと思います.いつか大きくなった息子くんがふと手にとって興味を持ったりしないかな.

 

あとこの書籍は,だいぶ前に岩波書店から出てた単行本が本棚にあったので読み返したのですが,検索したら少し前に岩波現代文庫から出たようです.今回読み返してみて,たしかにこれは文庫にしておく価値がありそうに思いました*22.一話完結型で手軽に読めるのでKindle版もぜひ出されると良いのではないかと*23

 

*1:本当のところは知らないので何とも言えないところではあります.昨今では個人がブログなりYouTubeなりVoicyなりさまざまな形で発信できるようになっているので,あえて読者が限られてしまいそうな数学コラムを紙面の限られている新聞で出さなくてもと思ってしまったのですが,そんなふうに考えている時点でいまいちな気もしますし,先の媒体と比べて影響を与えやすい世代が異なる(特に上の世代か)気がするので,新聞に出すことにも意味はあるのかなと思ったりもします.

*2:「自然という書物は数学の言葉で書かれている」(ガリレオ・ガリレイ)という言葉も紹介されています.

*3:試さなくても本質がすぐにわかる方もいるかもですが.

*4:と書き出してこの後パラパラと本をめくりながら列挙していったのですが,ちょっと挙げすぎた感が.

*5:2003年に東大の入試問題で出題されたのを思い出す方もそこそこいるはず.私も記憶の片隅にありましたが,少し前に鈴木貫太郎さんの動画を見ていろいろ思い出して懐かったような.https://www.youtube.com/watch?v=uO6dPVWp8CY

*6: \lim_{n\to\infty} \left( 1 + \dfrac{1}{n} \right)^n.あちこちで説明されているみたいですが,たとえばこのあたり.https://atarimae.biz/archives/10256#1100

*7:高校でこの背理法による証明を教わったとき,そうきましたか,って驚いた懐かしい記憶があるような.

*8:実際には折れないけれど,一般的な紙を42回折ると月に届く,みたいな話ありますよね.https://www.ai-mart.jp/syukyaku/blog/1844

*9:複素数のおかげですべての方程式が解を持つという話とか.カール・フリードリヒ・ガウス氏が証明したとされる代数学の基本定理

*10:自然数の中に素数がどれくらい含まれているかを述べる定理. カール・フリードリヒ・ガウス氏らによって予想され,後に証明された.

*11:タクシー数とか,円周率に関する「どうやって見つけたんだ」って感じの公式とか有名ですよね.

*12:3よりも大きい全ての偶数は2つの素数の和として表すことができるという予想.未解決問題.プロイセンの数学者クリスティアン・ゴールドバッハ氏がレオンハルト・オイラー氏への書簡で述べたとされる.

*13:五次以上の代数方程式には累乗根と四則演算だけで表せるような一般解は存在しないとするもの.ノルウェーの数学者ニールス・アーベル氏が正確な証明を与えたとされる.アーベル賞にちなんで紹介.

*14:1から100までを足すという計算を瞬時にやったというエピソードは,高校数学の授業でまさに数列の和の公式を教わった際に聞いた記憶があるような.

*15:ガウス氏の肖像画がかつてドイツの10マルク紙幣に使われていたそうです.一瞬,日本ではそういう話を聞かないですよね的なことを書こうと思ったのですが,野口英世氏が1000円札に載ってるんでした.2024年度に変わるみたいですが,次は北里柴三郎氏とのこと.https://www.mof.go.jp/currency/bill/20190409.html

*16:私は潔癖症のため,いつからかできるだけ現金でなくクレジットカードや電子マネーを使うようにしているので,紙幣に誰が載っているかすぐにはわからなかったりします.ちなみに昨今の新型コロナウイルスの影響はいろいろ大変な面もありますが,うれしい面も中にはあって,現金以外の支払い方法がそれまで以上に浸透したのはそのひとつだったりします.

*17:与えられた長さの半径を持つ円に対して,定規とコンパスによる有限回の操作でそれと面積の等しい正方形を作図することができるか,という問題.実現不可能と証明されている.

*18:アンゲラ・メルケル氏が,ドイツの連立政権交渉は(解決不可能な)円積問題よりさらに困難なものであるという例えとして用いた言葉だそうで.

*19:あるパーティで,参加者数に対して参加者の中の誰か二人がたまたま同じ誕生日である確率はどれくらいか,みたいな話.その確率はけっこう大きくて,参加者が23名のところで確率が50%を超えてて,365/2=182.5よりかなり少ない人数で超えるんですよねって話.

*20:モンテカルロ法で円周率を近似的に求められますよって話.高校生だった頃にたしか「大学への数学」の裏表紙かどこかで紹介されてるのを見て知って興味深く思ったような記憶があります.ググってもそうした話がヒットしないので全くの記憶違いかもしれませんが.

*21:列挙して詳細を脚注に入れてたら脚注がけっこうな量になってしまったような.そして途中で疲れて選ぶのがやや雑になったような.

*22:文庫版では円城塔氏が解説を書かれているそうなので,ぜひ近いうちに本屋さんに立ち読みしに行きたいところ.そうやって中身を気前よく見せてくれる本屋さんというシステムは本当に偉大だと思ってます.なので日頃の感謝の気持ちを少しでも還元しようという意図で,電子書籍ではない紙の書籍を購入する際にはできるだけAmazon等でポチるのではなく本屋さんを使うようにしてます.ただ,現状のような本屋さんのシステムがいつまで存在し続けられるのかなぁとも思ったりします.いずれ多くの書籍がKindle Unlimitedのようなサブスクリプション・サービスで読めるようになったら,多くの本屋さんは姿を消してしまうのでしょうか.

*23:電子書籍の難点のひとつは,デバイス上でしか開けないことかなと思ってます.紙の書籍だと机いっぱいに広げたりできますが,電子書籍だとせいぜいモニターサイズです.しかもなぜか現状Kindleは複数の書籍を異なるウィンドウで表示させることができないので,複数の書籍を同時に開いて見比べたいときに不便です.けど,それくらいはそのうちアップデートされそうですし,デバイス上でしか開けないという難点が技術によって克服されるのも時間の問題な気もします.例えばウェアラブル・デバイスで仮想空間上にあちこち書籍を並べられるようになったり.どこかで落合陽一氏が,現代はフォトンを浪費しすぎているみたいなことを言ってたのがふと思い出されました.